星の道導 4

キラキラ、あたりが光る。
星が瞬くような、そんな。
誰かがいる、誰かが、こちらに向かってくる。
惑わすような光がキラキラ、チカチカ。
それでも、彼は、こちらに向かって、きた。

はっ、と目が覚めた。がばりと起き上がる。殴られたみぞおちがぐぅと痛みを訴えた。あのやろう遠慮なく殴りやがって。
「ここは、どこだ。」
みぞおちをさすってからようやく周囲を見渡すと、そこは退廃した荒野だった。
「さっきまであいつの部屋にいたはずなんだが。」
見たことのない景色、荒廃した世界。生きたものの気配がしない。人が住んでいたであろうビルや家々は無残にも崩れ落ち、まさに「人が滅びた世界」そのものだった。
ぞっとする。これは人理が焼却された未来、なのだろうか。
がらんがらんがらん、と後ろで何かの音がする。ばっと振り返ると、人、だ。人が転がっている。
「っ、セイバー!」
蒼銀の鎧、金色の髪。セイバーだった。転がったセイバーはすぐに立ち上がる。そうして、声を聞いてコチラを振りむいた。
「ランサー!」
その直後に、ぐぉおおぉおおお、という声。動くものの気配。生き物ではない。とっさに槍を構える。どしん、どしぃん、と荒野の向こうがわから現れたのは、機械仕掛けの大きな獣、だった。
「おい、セイバー、事情は後で説明しろよ。」
槍を構えたまま、セイバーの近くへと駆け寄る。
「もちろん。…ランサーすまないが、少しばかり時間を稼いでくれないか。宝具の展開に時間がかかるんだ。」
魔術で隠された剣を携え、彼は言う。
「わかった、だがあの大きさだ、早くしろよ。」
「わかっている。」
ぐおぉぉおお、と雄たけびをあげながら機械仕掛けの獣はこちら目掛けて走ってくる。ギリギリのところまで引き寄せてから、セイバーとは逆側にとび後ずさった。獣は猪のような形をしている。見た目どおり、突っ走ったら曲がったりすることはできないようだ。
「十三拘束解放、円卓決議開始!」
高らかに、セイバーが叫ぶ。獣の意識がそちらへ、向く。
「おっと、お前の相手はこっちだぜ!」
ぱん、という音と共に、閃光が走る。空に放り投げたルーンストーンがはじけてばらばらと火の粉を落とす。獣の意識がセイバーからそれたことを確認する。そこへ獣の目の前に踊りだせば、獣の標的は簡単にこちらになる。
「この槍は、貴様の目を、穿つ。」
ぎりぎり、と右手に持った朱色の槍が音を立てる。穂先を下に構え、ぐぅ、と姿勢を低くする。突進せんと前足を掻く度に地面が揺れ、びりびりと得体の知れない魔力が身を蝕んだ。
相手が突進する直前に飛び出す。こちらが槍をコントロールしているのか、槍がこちらをコントロールしているのか。なんにしろ、槍は奴の目を貫いた。悲鳴のような声が上がる。だだだ、ととてつもない音を立てて獣はたたらを踏んだ。その反動で振り落とされ、結構な高さから背中から落ちる。受身も取れぬまま、と思ったが、どすどすと獣の足が迫り、必死になって避ける。ポケットの中のルーンストーンで結界を張って致命傷を避ける。一度しか防げずちぃ、と舌打ちをして、地面を転がるようにして、獣の足元から這い出る。
「ランサー、避けてくれ!」
声が届く。
「エクスカリバー!!」
きらきら光輝く、星のような瞬き。目の前の獣はばらばらとその形を崩していく。避けるもよけないも、そもそも避ける暇を与えてくれなかったあいつがわるい、とその風圧に負けて地面をごろごろ転がりながら、その輝きに目を奪われた。

「さて、事情を話してもらいましょうか、聖剣使いさんよぉ。」
日もとっぷりと暮れ、小さな焚き火を囲んで、どっかと座ってそういう。隣に立ってぼんやりと炎を見つめているセイバーは、疲れた顔をしていた。
「…座ったらどうだ。」
「あぁ、うん。そうだね、そうだ、うん。」
ぼんやりしたまま、セイバーはとす、と座る。体育座りで縮こまる。あぁ、あの森でも同じような座り方をしていたな、とどうでもいいことを思い出した。
「確認だが、これはレイシフトのシステムとは関係ないな?」
「うん、まったくもって。」

あの獣を倒した後、駆け寄ってきたセイバーがぎゅう、と手を握ってきて、ごめん、僕のせいだ、もうすぐ帰れる、と言った。訳がわからず、説明しろ、というとあたりが光につつまれて、転移だ、セイバーがつぶやく。カルデアに帰れる、と言った直後、目の前が真っ白になった。
で、だ。目を開ければ森の中の古代の遺跡の中に二人で立っていた。お互いにぽかんとして、手を握ったまま立ち尽くしていた。
「嘘だろ。」
とセイバーがおろおろとあたりを見渡した。世界は夕暮れ時、あたりには魔物。
「とりあえず今日の晩飯でも狩りますかぁ…。」
この時点で、いろいろ考えるのをあきらめた。とりあえず今日はカルデアの、あのエミヤの美味しい晩御飯は食べられないらしい、ということだけは認識した。

そのあたりの魔物を狩って、手際よく木々を集め、焚き火を作る。切れ味のよさそうな石をそこらへんで見繕ってきて、食べられそうな魔物を捌く。木に肉を巻きつけ、焚き火にかざして焼けるのを待ちながら、話をしよう、と持ちかけた。

「ここはどこだ?」
「さぁ、僕にもわからないな。」
セイバーは膝にあごを乗せて、ぼんやりと炎を見つめながらため息をついた。ぱちぱち、とゆっくり瞬きをする。
「セイバー。」
そう呼べば、ちらり、とコチラを見た。
「まずは、ごめん。巻き込んでしまった。」
セイバーはまた炎のほうを見てそういった。
「巻き込むってのは?このレイシフトじみた現象のことか?」
「そう。僕は転移って呼んでる。」
オレンジ色の明かりを受けて、灰色かかったような色になった瞳はうつろだ。
「ここに、カルデアに来る前まで、ずっとずっと、こんな風に転移を繰り返してたんだ。」
知ってる、といいたいのを我慢した。森で聞いた話と同じだ。
「繰り返し繰り返し。転移した世界は、剪定世界、つまり行き止まりの世界だ。人類が滅びた世界、幸せに構築されつくして発展のなくなった世界。そういった世界のどこかにいる、『獣』を探してるんだ。僕らが闘ったあの、獣の、原種、かもしれない。」
ぞわり、と身の毛がよだつ。あのバケモノを探して一人世界を渡り歩いていたというのは初耳だった。
「いくつもいくつも、何度も何度も、いろんな世界を渡り歩いて、たどり着いたのがカルデア。マスターのところで、マスターのサーヴァントとして、ほんの少しの間だけど、安定してひとつの世界にいられると思ったんだ。」
ぱちり、と木が爆ぜた。
「でもカルデアに来てからも、転移は続いたんだ。僕はひとところに根を下ろすことを許してもらえないらしい。」
はぁ、と彼はため息をついた。
「僕の意思ではコントロールできない。転移は、時と場合をかまわずにやってくる。君と大事な話をしていたってそうさ。勝手に始まってしまう。抗うことはできない。」
「マスターには、言ってないのか。」
「そうだね、言ってない。これは僕の戦いだ。マスターにはマスターの戦いがある、これ以上背負わせるのは酷だよ、ランサー。」
ゆらゆらと燃える炎を見続ける彼はなんの感情もないかのように言い放った。淡々としている。
「それに、ちゃんと帰れたんだカルデアに。ひとつの世界の、やるべきことをなせば、そう時間をあけずに帰れる。この世界からカルデアに帰るとすると、きっと僕らが言い争っていた時間から5分も過ぎてないだろう。」
「だから言う必要はなかったってか。」
「ダヴィンチ女史にはばれたけど。彼女はさすが聡明な人だ、マスターにも黙っていてくれた。いつかはちゃんと説明するんだよって言ってはいたけどね。」
はは、と笑う。こちらはまったく笑う気になれなかった。
「お前カルデアにきてからどれぐらいの頻度で転移してた。」
「…数えてない。」
「嘘をつけ。」
「本当だってば。最初は、そりゃ数えてたけど、もうわからなくなった。」
「いつ転移が起こるかわからないから部屋に篭ってたのか?」
「おおかたの理由はそう。」
「…一人で、闘ってたのか。」
「今までも、そうだったからね。だから君が、気に病む必要はどこにもない。」
沈黙。
りーりー、とどこかで虫が鳴いている。穏やかな気候、空一面には数え切れないほどの星。
ふと、疑問がわいた。
「お前、ひとつの世界でやるべきことが終われば、カルデアに帰れたっていったよな。」
たしかに、そういった。だが、どうだ?最初の荒野からここに来た。カルデアには帰れていない。
「そうだね、今まではそうだった。びっくりしたよ。カルデアにきてからこんなことははじめてだ。」
はぁー、と大きくため息をつかれる。
「…どうやって帰ろう。」
「俺に聞くなよ。」
もうそろそろ、肉やいい具合に焼けているだろうか。
「ほら、とりあえず肉でも食って休もうぜ。」
とよく焼けた、少し大きいほうをセイバーに渡す。
「ありがとう、ランサー。君がいてくれて本当によかったよ。」
がぶり、と噛み付きながら、その言葉を聴く。返事はしなかった。
彼もがぶりと肉にかぶりついた。
ぱちぱち、と火が爆ぜる音だけが聞こえていた。

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