星の道導 2

「プロト!プロトいた!!」
不思議な邂逅を果たした後、また少しばかり森で休んでから帰ってきた。で、ダヴィンチちゃんにお礼を言いに工房を訪ねたところ、そこにはダヴィンチちゃんはマスターと一緒にいて、マスターはこちらの姿を認めると血相を変えて叫んだ。
「なんだどうしたマスター。」
なんだか夢見心地で帰ってきて、ふわふわとした心持だったが、血相を変えたマスターの顔を見て一気に現実に戻される。
これほどまでにあわてるのを見ればよっぽどのことが起こったのだろう、ばたばたと駆け寄ってきてがしりと腕をつかまれる。
「来て、一緒に。」
そういわれて手を引かれる。事情などは後でいい、おうさ、といえば、脱兎のごとくマスターは走り出した。

つれてこられたのは召喚サークルのある部屋だった。
部屋の前にはアーラシュの旦那もいて、とても軽い感じでよ、とこちらに手をあげた。
「さすがアーラシュ!呼びたかったんだ、来てくれたんだね。」
軽く息があがった状態のマスターはそう呼びかける。アーラシュのあの軽い態度とマスターの返答を聞き、何か世界に危機が起きたわけではないということがわかった。人騒がせな、と思ったが少し安堵する。
「あぁ、ごめんプロト。説明もなしにつれてきちゃった。」
はぁ、とマスターは笑って息を吐いて、きゅ、とまじめな顔をする。
「新しいセイバーが召喚された、プロト、アーラシュ、君たちは知っている顔、だと、思う。」
新しい英霊が召喚されたときは、その英霊に近しい者が呼ばれる。カルデアという特殊な状況を理解してもらうため、縁のある者が説明にあったほうがいいだろう、というのはマスターの言だ。英霊たるもの、大抵召喚された際に、己がマスターを認め、自己の使命さえわかれば仔細は瑣末なことなのだが、ここのマスターは大概お人好しらしい。
「へぇ、よかったじゃねぇかマスター。このカルデアはセイバーすくないから戦力になるぜ。」
ばし、とマスターの背中をアーラシュが遠慮なく叩く。ぐぇ、とかえるみたいな声を上げてマスターは二三歩よろめいた。
「で?俺たちに関係のあるセイバー、と?」
心臓がバクバクと音を立てる。マスターに悟られないように、わざと軽く問いかける。アーラシュと目があった。その黒く深い目がコチラを見、僅かばかり少し細められた。あぁこうだから千里眼もちは厄介だ。
「おそらく。」
マスターはげふげふ、と咳をしてそう続ける。
「とりあえず会ってもらってもいいかな?もし、違うのであれば、そうだね、アーラシュ、案内は君に。」
「了解。」
アーラシュはにっこと笑った。じゃああけるよ、とマスターは召喚室のドアを開ける。
心臓が破けそうで、左の手の甲がじんわりとあたたかい。あぁ、この気配は。
「またせてごめん、おまたせ。」
マスターがそう声をかける。ゆっくりと開け放たれた召喚室はそれなりの密度の魔力が漂っている。
「いや、大丈夫だよ。」
そう聞く声は、やはり。
「あぁ…アーチャー、君もここにいたのか。」
マスターとアーラシュの旦那の間から見える、フードをかぶった一人の男。蒼銀の鎧、見えぬ剣、フードから除く、深い森の色をした瞳。
「あんたも、ここに来れたんだな。いやぁめでたいねぇ!」
アーラシュはそういって男に近づき手を伸ばす。握手だと思ったのだろう、男はアーラシュに手を出した。アーラシュはすぱーん、といい音をたてて握手ではなくロータッチをかました。男はすこしばかりあっけにとられたようだったが、すぐにはは、と軽く笑って頬を掻いた。
「変わらないなぁ、君は。」
「変わる要素もないからなぁ!…光の御子、あんたもほら。」
アーラシュが、こちらを振り向いてそういう。ぎしり、と鎧が音を立てた。
「…ランサー。」
男がこちらを見た。ぱちり、と緑の目と目が合う。
「よぉ。」
何を言えばいいのかわからなかった。さっき会ったばかりのような気がするが、もうずいぶん長いこと顔を見ていなかった気もする。彼は何も言わない。無言で手を差し出すと、向こうも手を出してきた。ぎちりと握手をして
「まぁ、よろしくな。」
と声をかける。あの森での出来事を口にするのははばかられた。まぁ、隣の弓兵にはばれているんだろうが。
「…あぁ、よろしく。久しぶりだね、ランサー。君と共に闘えるのは心強い。」
フードの下で、少し固い笑みを浮かべた奴が見える。声もアーラシュに対するものよりもよそよそしさが感じられた。そしてこいつは「久しぶり」といった。ちょっとだけ、ほんの少しだけもやり、と心にもやがかかる。
「セイバーの、えっと、アーサー。」
マスターがひょっこり後ろから顔を出す。とと、と前に出て男の真名を呼んだ。男はさすがにぎょっとしたようだ。
「あぁ、ごめん。あのね、まず先に断っておきたいことがあるんだけど…」
驚くのも無理はない、とマスターが話しを切り出した。
「ここには同じクラスの英霊が複数いるし、全員味方だから真名で呼び合ってるんだ。無理に直せっていうことじゃなくて、こちらから呼びかけるときは真名になることを許して欲しい。」
いいかな?とマスターは問いかける。
「もちろん、大丈夫だよ。」
セイバーはにこりと笑った。アーラシュの旦那がにやにやしているのが気になるが、あとで問い詰めればいいか、と思考を戻す。
「それならよかった!じゃあ、簡単にここのカルデアについて。」
とマスターが話しを続けて、簡潔にカルデアについて説明する。ふんふん、と男は説明を聞いていて、その間少しだけ後ろに下がってアーラシュの旦那と話をする。
「なににやついてんだ、アーラシュの旦那。」
「いやなに、さすがの光の御子もかの王には弱いんだな。」
ふふ、と笑うので肘鉄をわき腹に食らわせるとぐふ、と軽く噴出したが、まったく効いていない。頑健EXは伊達ではない。
「悪い悪い。からかってしまった侘びにひとついいことを教えてやるよ。」
深い色をたたえた瞳は、よく見るように男を見てからこちらを見る。
「かの王もあんたには弱いみたいだぜ?」
ぱちん、とウィンクされる。いい情報だろう?と言いたげで、そりゃいい情報だとは思うけどなんだか癪だったのでもう一度肘鉄を食らわせておいた。

カルデア内を案内してあげて、とマスターに言われて、3人でいこうか、というアーラシュの提案に流されるまま、案内をするアーラシュとそれを聞く奴の後ろをついていった。
アーラシュはあーだこーだと説明をしてくれているが大半はどうでもいい情報だったし、肝心な施設についてすっとばそうとするしで、後ろから補足を入れながらの案内だった。これアーラシュだけに案内された英霊たちは大丈夫だったんだろうかとひやひやするレベルである。
アーラシュの旦那はここが一番重要!といいながら食堂に入った。中にはエミヤがいて、おや、と声を上げた。
「新入りかね?」
キッチンカウンターから顔をのぞかせた彼は台所をきれいに片付けていたらしい。これが趣味だというのだから頭が下がる。
「そうなんだ、新しく来たセイバー。」
アーラシュは誇らしげにそういい、奴を前にだす。
「はじめまして、俺はアーチャーのエミヤだ。よろしく。」
エミヤはキッチンから出てきて奴に握手を求める。奴も手を出して握手に応えた。
「私は、セイバーの…アーサーだ。よろしく、エミヤ。」
その名前を聞いて、エミヤはやわらかく浮かべていた笑みを僅かに怪訝なものに変える。
「アーサー…?アーサー王か?」
そっと手を離してエミヤはそう聞き返す。セイバーは僅かに苦笑した。
「そうだよ。私の名前はアーサー。アーサー・ペンドラゴン。君のご明察の通り、こちらの世界のアーサーとは、違う存在だよエミヤ。」
エミヤは目を丸くして、それからにやりと笑った。
「さすが、話の早いお方だ。そうか、だからプロト、案内に君がいるんだな。」
そういってこちらを見てくる。察しがいいのはいいと思うが、ちょっと空気が読めないんだよなこいつは。ちっ、と舌打ちをする。
「光の御子様ご機嫌斜めだなぁ、腹減ってるのか?」
とアーラシュはわかっているのかわかってないのかそういう絶妙な返しをしてくる。状況が把握できていないセイバーはきょとんとしてこちらを見てきた。
「…案内もだいたい終わったろ、俺は部屋に帰る。」
「おや、夕飯は食べていかないのかね。」
「いらない。」
くるりと背を向けて歩き出す。セイバーが「ランサー」と俺を呼んだ。振り向いたら、奴は困惑したような顔をして、あの、と言いよどむ。じとりとにらめば、う、と息を詰まらせた。

こいつは「覚えていない」。あの森で交わした約束を。
久しぶり、といったのだ。たった半日も経たない前の約束は、どうやら彼の霊基には刻まれなかったらしい。

無性に腹が立った。
おれがどれほど、こいつの言葉を大事にしたいと思ったのか、そんなことはすべて。

何も言わないあいつをおいて食堂を出る。
「まって、待ってくれランサー!」
追いかけてくる気配があったが、こちらのほうが足が速いようで、馬鹿みたいに安心する。

顔なんて見れそうになかった。
待ち焦がれたのに、あんまりだ。

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