いつかのバーで、貴方と。

FGO時空でprototype本編の記憶を踏まえた旧剣旧槍。

旧剣旧槍と言いながらも旧槍→美沙夜強め。

なんでも大丈夫な方のみどうぞ。

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耳障りのいいその声が、好きだと思った。

人が、人を忘れるときに一番に忘れるのは声なのだと誰かが言っていた。

ならば、俺はまだあの人のことを忘れてはいないのだろう。先ほど失敬してきたタバコに火をつける。はぁ、と吐き出せば、あたりに漂う匂いで、また、あの人の声を思い出した。心底楽しそうな、声。誰かの上に立つに値する存在、だったのだろう。それほどの気品と風格、そして嗜虐性を持ち合わせていた。

あぁ、趣味が悪い。

思い出した出来事は、お世辞にも綺麗なものとはいいがたいものだった。そんな苛烈なところも含めて、俺はあの人のことを強烈に覚えていた。

「ランサー、こんなところにいたのかい?」

声をかけてくる男が一人。振り返れば、月明りに照らされたエメラルドの瞳と目があった。

「あぁ?なんか用か?」

「いや、そういうわけではないのだけれども。」

普段より、わずかに柔らかな声色で男は答える。

「君が宴を抜け出すのは、なんだか不思議に思えて。」

男はそういいながら、窓に背を向けて、隣に座った。窓の枠のようなところに腰かけているもんだから、そう幅は狭くない。普段なら、人ひとり分は距離があくところ、今は少しばかり近くにいる。

「そうか?それよか俺はお前があんな宴に顔を出すとは思わなかった。」

遠くから喧騒が聞こえてくるような気がした。そこにこの男が混じっている姿を見て、思わず、声をかけたのを思い出す。たまには、と少し笑って、そうしてかつての部下だという男たちと一緒に、こちらの輪から抜けていったその背中を見送ったのは数時間も経たぬ前のことだ。

「たまには、いいかなと思って。」

窓に背を向けて座ったから、顔が影になって男の顔をはっきりと伺うことはできない。ただ声色はやはり、普段話をするよりも、わずかばかりに柔らかい気がした。

「たまには、ねぇ。」

マスターに必要とされる時以外、ほとんど部屋にこもりっきりで、食事の時間ですら大幅にずらしてやってくる癖に、こうやって気まぐれのように顔を出す。その真意はいつも読めない。だが、ああいった場にこの男が出てくるたびに、たまらない気持ちになって声をかけずにはいられなくなる。と、同時に、この男がいるというだけで、なんだか急に酒の味がわからなくなって早々に引き上げてしまうのも事実だ。

だから今日もこうやって、宴をそっと抜けて、喧騒が聞こえないほど遠くに離れてから一人煙草を燻らせていたわけなのだが。

「君、それ、いつかのバーでも吸っていただろう。」

男はそう問いかけてきた。視線をちらりと向ければ、向こうもこちらを見ていて、また、エメラルドグリーンの光が映る。翳りがちらつくその瞳に、は、と笑ってやった。

「さぁ、どうだか。」

うっとりとした恍惚を含んだ、楽しそうな声が思い出される。あの人の声だ。今まで出会った中でも、とびっきりいい女の、艶やかな声。

「…誰を思い出しているんだい。」

かき消すように重なる男の声は、あの時の再現のようだ。ミシミシとあの人に腕を潰されながら抗ったこの男の、その苦痛にゆがんだ声までも思い出す。

「あんたのこと。」

嘘はついていない。目の前の男のことも確かに思い出していた。ただあの人のことを、口に出すのは憚られただけだ。あの人のことを知っているだろうこの男には、あの人のに対する、未練がましい、この胸の内をさらしたくはなかった。

「君は。」

男は何か言いたそうに口を開いた。続きは聞きたくなかった。きっと、勘のいい男のことだ。俺があの人のことを考えていたことぐらい、わかっていたのだろう。わざと、煙草の煙を男の顔に向かって吐いてやる。あまり吸ったことはないのだろう、盛大にむせこんで前かがみなった男の背をさすってやる。

「君って、奴は。酷い奴、だな。」

落ち着きを取り戻す前に、ぜぇぜぇと荒い息で、ゆっくり上体を起こしてそう口を開いた男。減らず口だと、あの時と寸分たがわぬ感想を得る。

「お前に言われたかねぇよ。」

酷いマスターを引き当てたもんだ、と、かつてあの時はそういわれた。その問いに返したその答えを、そのままそっくり言う。

あの時、あの薄暗がりのバーで。俺は男を追い詰め、そしてあの人は男の腕を潰した。酷く愉快に、子供がおもちゃを壊して楽しむような感覚で。

まぁ結局、あの人は、あの人自身が、壊れたおもちゃも同然になってしまったのだが。

かつて潰れた腕が、こちらへ伸ばされる。口にくわえていた煙草を丁寧に奪われた。月光の影に隠れながらも、まっすぐに輝く、エメラルドに見つめられる。あぁ、あの人の目は自分とよく似た、深い赤の色だった。この男を見るたびに、声を聴くたびに、煙草の香りをかぐたびに、きっと、俺はあの人のことを思い出すのだろう。

声だって、今でもはっきり思い出せる。忘れることなどできやしないのだろう。

そんな思い出が、今でも心臓を刺すのだ。

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