オジラシュ。R-18(3/22時点未完)
「閻魔亭」にて、なかなかアーラシュがオジマンディアスのところに顔を出さなかったには何かしら理由があったのでは?というのを自分なりに解釈してみた。結果、
旧槍「日本家屋ってのはどうしてこうも隙だらけなのかねぇ。」
という台詞にすべて詰まっているのでは?と思った次第。
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「して、弓兵よ。なぜ余を避けておった?」
そう問いかければ座布団に胡坐をかいたアーラシュは、あー、とバツの悪そうな声を上げた。
閻魔亭と呼ばれる東方建築の宿が話題だと聞き、いささか興味をひかれたので足を踏み入れた。女将の紅閻魔が舌足らずながら丁重にこちらを迎え、雀、という種類の小さな鳥が客室まで案内する。西洋で言う「VIPルーム」、高級な部屋にあたる「はなれ」に通された。ずいぶん奥まった部屋に通されたものだが、他の部屋から離れている為に静かだ。日本の、マスターの生まれた国の古風な建築。季節の寒暖差が大きく、また島国に特有の湿度も高い気候。それに対応するために風通りが良い構造だ。何種類かの木を使っているので風が通るたびにほのかに香りがする。なるほど、悪くない。
検分したいと思いしばらくここへの逗留を早々に決め、せっかくだとアーラシュにも知らせたのだ、気が向いたら遊びに来いと。料理も風呂も何もかもおもしろいので、きっと彼は目を丸くして笑うのだろう。それにここは宿だから、誰かとなれ合わなければならないこともない。無意識に、他人とは一線を引いてしまう彼も、ここならのんびり過ごせるだろうと踏んで。
何日か経って、ニトクリスが部屋を訪れた。挨拶とちょっとした報告だ。なんでも温泉で食べるアイスなる氷菓は絶品なのだと。試したのか?と聞けばアーラシュ殿から聞いたものでまだ、ということだ。アーラシュは宿に来ている。が、まだ顔を合わせてはいない。ふむ、何か気にかかることでもあるのだろうか。とその時は不問にしたが、それからまた何日か経っても、彼はここに顔を見せなかった。
避けられている、もしくは何かしらの理由で宿を去ったか。音のなる廊下をきゅうと踏みしめながら歩いていると、ここで働いているというマスターとマシュに会った。
「ファラオもここにきてらっしゃったんですね。」
ニコリと笑うマスターはそういう。雑巾片手に廊下を磨いていたらしい。
「うむ。この建物は興味深いので、いろいろ見て回っていたところよ。」
「へぇ、ファラオ、建物とか好きなんだね。」
そうなんだ~、とのんきに笑うマスターに顔を青ざめたのはマシュの方だ。
「せ、先輩。オジマンディアス王は数多の神殿を建築したといわれていて、建築王とも呼ばれているほど、建物には詳しいんですよ!」
ね、そうですよね!とあわあわしながらフォローをして、え、そうだったの?!とマスターが言う。
「気にはせん。現界してみて思うたことだが、その土地や文化に根付いた建築というものがある。余の考える住みやすい建築物が貴様らの国でそうかと言われれば違うであろう。なれば余の建築が貴様らの国まで名を轟かせていないこともしかたがあるまいよ。」
「おぉ…さすがファラオかっこいい…。」
ぱちぱち、と拍手を送られる。自分が無知であることを知り、常に謙虚な姿勢であるから憎めないのがこのマスターである。
「貴様ら、弓兵を見なかったか?」
「アーラシュさん?何度か見かけたけど。用事があるなら探すよ。部屋もわかるし。」
「いや、良い。もし会ったならば一度は顔を見せにこいと伝えてくれ。」
「わかりました。」
にこにことした二人は別の場所の掃除に行くというので見送った。
それからさらに、1日。
雀が部屋にやってきて、「御来客ちゅん!お通ししてもかまわないちゅん?」と喧しくはやし立てたので通せ、というと、すす、とふすまが開いて現れたのは久しく顔を見ていなかったアーラシュだった。
ザブトン、と呼ばれる日本式の椅子をすすめて座らせ、一言二言ねぎらいの言葉をかけてから、冒頭の問いに戻る。アーラシュは、きょろきょろと視線だけを動かして
「特に、その、他意はなかったんだが。」
と歯切れ悪く言った。こういうときはたいてい、この後何が起こるのか分かった上でごまかしている時だ。そうして、彼にとってあまり気乗りのしないことである。以前セイバーを会わせようとしなかった件で、あとでわかっていたのに引き延ばしたな?と聞けばバツが悪そうに「喧嘩をするのは見たくなかったから引き延ばしてた」といった。事態が悪化することもわかっていただろうに。そうやって、都合の悪いことは先延ばしにしたい、人間らしくてほほえましいがそういうことをする。今回もその類であろう。
「何を視た。」
ストレートにそう聞けば、ぐ、と彼は喉を詰まらせた。やっぱり視線がうろうろとしたままこちらを見ない。
「こちらを見よ、そして答えよ、アーチャー。」
別に答えなくてもよい。答えが知りたいわけではない。だが、アーラシュの態度があまりにも不可解かつ、「会うことを避けた」ということは何かしらよくないことが起きる可能性がある。どのような厄災か。些細な事であろうとも回避できるのであれば知る必要があるだろう。心構えがあるのとないのとでは全く違う。そういう意味で、彼の視たものを知りたかった。しかし依然としてアーラシュは視線を上げない。
「えっとな、たいそうなことじゃない。アンタが心配してくれているような、何かよくないことが起こるわけじゃあねぇんだ。ただ、そのな。」
日本家屋は、部屋が薄暗い。真っ暗闇よりも薄暗い方がなにかと目が効かぬということを思い知った。言いよどんだアーラシュの顔色を、今の今まではっきり視認することができていなかったのだ。
「その、なんだ。温泉宿、で、二人きり、だろ?」
ようやく顔を上げたアーラシュの顔は火が出るほどに真っ赤だった。今にも泣きだしそうなほど目が潤んでいて、不器用なほどに笑えていない。
「それにこの建物って…っておい!」
「ふふ、ははは、ははははははは!」
また、アーラシュが視線を落としたので一気に距離を詰めてそのまま後ろに押し倒す。笑いが止まらなかった。抱かれることを視たというだけで、顔を見ることができなくなったというのだ。褥を共にしたことなど疾うに両手足の指を二人分すべて足しても足りないというのに!
「あぁ………愛いな。」
「にいさ…」
これを愛おしいと言わず何という。言葉にできない、そんな諸々を含めて、覆いかぶさって唇を奪った。