星の道導 7

目が覚めたらベッドの上で寝かされていた。
真っ白な天井、澄みすぎて何もない空気、適切な温度。カルデアだ。
体が重い、ぱちぱちと瞬きをして目を開けたものの、ひどく疲れていてまた意識が布団へと戻っていきそうだ。
「あ、目覚めた?」
ひょっこりとマスターの顔が視界に現れる。
「まだ辛そう、もう少し休んでていいよプロト。」
マスターの手の甲が頬に触れてきた。ちらりと見えて令呪が2つ減っている。どうして、と考えるが触れられた手からじんわりと流れてくる魔力が気持ちいい。
「次起きたら、お話、しようね。」
目を開けているのが億劫だ。あぁ、でも聞かなけりゃいけない。
「ます、たー。」
「なに?どうした苦しい?」
「あーさー、は。」
眠気でうまくしゃべれない。マスターの言葉を理解するのもままならない。
「大丈夫、アーサーもいる。アーサーも帰ってこれてるよ。」
「そ、か。」
アーサーも無事だ、アーサー。よかった、よかった。
「ふふ、なんか妬けるなぁ。」
というマスターの言葉を最後にまた意識がぷつりと暗闇に落ちた。

ようやく次に目が覚めたときには体の重さも大分元に戻っていた。
ゆっくり起き上がると、そこにはマシュがいて
「おはようございます、プロトさん。」
と声をかけてくれた。
「おはよ、迷惑かけた。」
「いえ。」
マシュはほほえんで、先輩を呼んできますね、と部屋を出て行った。
「目が覚めたのかい。」
マシュと入れ替わりにひょっこり現れたのはサンソン先生だ。
「先生。」
「よかった。心配したんだ。」
そういって近寄ってきたサンソンは本当にほっとした、というのが前面に現れていてなんだかほほえましい。と、こちらの油断しきっていたところで、先生はノーモーションでデコピンを繰り出した。
「って!」
「これぐらいは許されるだろ?本当に心配したんだ。真っ青な顔で意識のないままカルデアに帰ってきた姿を見た時はぞっとしたよ。」
はぁ、とため息をついて、ベッドサイドの椅子に座る。
「でも本当によかった。痛むところや体、霊基、なにかおかしなところはあるかい?」
「心配してくれてありがとな、先生。体がちょいとだるいが、それ以外は問題なさそうだ。霊基も壊れちゃいない。」
「そう。まだ少し魔力が足りないんだろう、本当にギリギリのところだったみたいだから、回復するのにも時間がかかる。しばらくは安静に。」
「へーへー。」
先生らしくていいや、と笑う。そうやって談笑していると
「お待たせ、おはようプロト。あ、サンソン先生もいたの。さっきアビーが探してたよ、新しくもらったぬいぐるみの腕が取れちゃったんだって。」
とマスターが入ってきた。
「あぁ、それは大変だね。じゃあ僕はお暇させてもらうよ。ゆっくりね。」
「おぅよ、ありがとな。」
ひらひら、と手を振って、マスターには頭を下げ、サンソンは部屋を出て行った。
「体調は?」
「本調子じゃねぇが、まぁ7割。」
「それはよかった。」
マスターはサンソンが座っていた椅子に座る。
「さて、と。何があったか話してくれる?」
にっこりと、マスターがわらう。あ、これ絶対怒ってるやつだ。

そこから簡単に説明する。
セイバーの転移に巻き込まれたこと
カルデアに帰る手段がなかったこと
転移を続けたこと
魔力がなくなったこと
…自分が消えても仕方が無いとおもったこと。

マスターは最後まで話を聞いてくれた。否定もせず肯定もしない。ただ寄り添って話を聞いてくれた。そうして、しばしの沈黙の後、マスターも話を始めた。
「プロト、君にアーサーと話しをしてほしいっていったのは、アーサーが君と話しがしたいといったから、だけじゃないんだ。」
穏やかな声だ。マスターのこの声が好きだった。
「前に聖杯戦争について聞いてくれたでしょ。1999年、記録には残っていなかった聖杯戦争。プロトは大丈夫だって言ったけど、あの時プロトの手、震えてた。」
そっと、右手を握られる。初めて手を取ったときは戦いも知らぬ、柔らかな手だったのに、傷や肉刺でぼろぼろになった、今では一端の戦士の手だ。
「プロトは、前のマスターのことを覚えているっていってたから、きっと1999年の聖杯戦争こそが、君の記憶に残ったものだったのだろう。すぐにわかった、でも、その記録は存在しなかった。事実として認識していたものが事実ではなかった。」
穏やかながら淡々とした声。そんな声。
「…寂しかった。君が使っているあの緑色の槍、急造だのスペアがあるだの、なんだかんだいいながら大切にしてたのは知っているし、きっと前のマスターが作ってくれたものなんだろうということも察しがついた。それが事実じゃないなんてあんまりじゃないか。だから、君と同じ聖杯戦争に呼ばれた誰かが、このカルデアに来てくれたらいいなって。」
マスターは笑う。マスターの澄んだ瞳の中に、自分が移っているのがみえる。
「プロトからもらった槍をもって召喚室にいったんだ。魔力をこめて、石を砕いて、呼びかけた。どうか、きてくれって。そしたら来てくれたのがアーサーだ。」
ぱちり、と、マスターが瞬きをする。マスターの瞳はいつも、星が瞬くようにきらめいている。
「聖杯戦争中、君たちがどのような因果で結ばれていたのかはわからないけど、それでも、君の槍を触媒にしてきたんだ、きっと、プロトの助けになってくれると思ってた。…でも喧嘩したんでしょ?理由は聞かないけど、エミヤとアーラシュが言ってた。アーラシュは、まぁ、うん。」
「なんだよ。」
「難儀なもんだなぁ、って。」
「はぁ…大英雄様は違うねぇ。」
「なんにしろ、君たちは仲違いしちゃったんだ、傍目に見ればね。だから、理由をつけて、君とアーサーで話をしてほしかったんだ。それで完全に仲違いすればそれはそれでいいし、仲直りできるならそれならとってもハッピー!だしね。」
マスターが苦笑した。
「そんなんでいいのかよ。仲違いしたらしたでいろいろ面倒だろうに。こっちもあいつもあんまり気が長くないんだ、カルデアが戦場になる可能性もあるだろうよ。」
マスターは苦笑した。それから、少し、うつむく。
「…後から聞いた話なんだけど、プロトが、資料室から出て行った直後にレイシフトした先で、一度消滅したかのような反応があったと、ダヴィンチちゃんから聞いた。」
ぎゅう、とマスターの手に力が篭る。あぁ、あの時。
「『存在を保てなくなれば消滅する』と、頭ではわかってたんだけど肝が冷えた。プロトがいなくなってしまう、事実が事実でないというそれだけで、君たちはそんなに簡単に存在が危うくなってしまうのかと、思うほどにあっけなく。」
ごめんね、という。謝る必要など何も無い。
「そんな簡単に消えたりはしないぜマスター。」
「わかってるよ、でも、でも本当に怖かった。だから、アーサーが来てくれてひどく安心した。これで君は、君の存在は護られる。もちろんアーサーだって、君のおかげで存在が確立する。彼は色々特殊だからね。」
「…。」
「だから、だから君たちが仲違いしようと仲良くなろうと、無関心だけにはなってほしくなかったんだ。互いが互いの存在を認識してほしい、と思ったんだ。」
ねぇ、プロト。マスターは優しい声で続ける。
「アーサーに少しだけど聞いたんだ、転移先の世界のこと。二人でした旅は、楽しかった?」
泣きそうな、あたたかい目。
「あぁ、そうだな。」
ぎゅうと手をにぎり返す。
「よかった。」
マスターは笑う、穏やかに。

歩けるようならアーサーに会って来たらいいよ、言いたいこともあるでしょ?

といわれて、カルデア内をあてどなく歩いてアーサーを探す。
夜も深い時間のようだ。そういえば、あのはじめの転移からどれぐらい時間が経ったのか、と聞くと、
「転移からここに帰ってくるまでにおおよそ5時間、そこから丸一日寝てたから、まぁ一日半ぐらいかな?このことはあんまり公になってないから、まぁ聞かれない限りは適当にごまかしておいて。」
といわれた。そんなに経っていないことに驚いた。

こんな時間だし、アーサーは部屋にいるのかと思ってたずねたが留守のようだった。
自分の部屋に戻ってみてもだれもいない。アビーとバニヤンからのクッキーがおいてあったからありがたくいただいた。
食堂に顔を出せば、ブーディカとエミヤがいた。
「おや、久しぶりだね。一日食堂に来ないから心配したよ!」
とブーディカが言う。
「ありがとな、いろいろ立て込んでてよ。」
と返せばそう、無理はしないでね、と頭をわしゃわしゃとなでられた。
「プロト。」
「ん?」
「英霊といえども1日何も食べなければ腹は減るだろう、何か食べるか?」
そうきいてきた。こいつは知ってるクチか、と思う。
「いや、大丈夫だありがとよ。でも明日の朝飯はいっぱい食べたい。」
そうリクエストすればわかった、用意しておこう、との返答。
「そうだ、アーサー、見なかったか?」
聞いてみたが、二人ともいや、と首を振った。
「部屋にもいなかったし、どこに行ったんだ?」
「何か火急の用?探すの手伝おうか。」
「いや、大丈夫。のんびり探すわ。」
「あんまり夜更かししちゃだめよ?」
「へーへー。」

「お、光の御子。」
廊下を歩いているとアーラシュに会った。
「アーラシュの旦那。」
「セイバーの奴なら向こうに歩いて行ったぞ。」
そういって言う先には、召喚室とカルデアスがある。へぇ、と思ったが、それよりも先に。
「…からかうのも大概にしてくれや旦那。」
はぁ、とため息をついた。千里眼を持つこの男にはすべて筒抜けだったのだろう。
「悪い悪い。からかってるつもりはなかったんだがな!」
ははは、と豪快に笑うアーラシュに、本当に悪気がないのが困る。
「見えちまったもんは仕方が無いが、すべて見えてるわけじゃねぇんだ。それに見えたところで俺にはどうすることもできない。」
アーラシュは肩をすくめた。
「まぁ今度3人で酒盛りでもしようや!エミヤの旦那から酒はもらってくるからよ。」
ばしん、と肩を叩かれてよろめく。
「話をしなきゃ、伝わらない、だろ。」
「そういうこった、じゃあな。」
ひらひらと手を振ってアーラシュの旦那は歩き出す。
「さっすが大英雄様はちがうねぇ。」
と一人ごちてから召喚室へと向かう。おそらく、セイバーはそこだろう。

召喚室に奴はいた。入り口に背を向けて、召喚サークルの真ん中に立っていた。青白く魔方陣の上、むせ返るような魔術の香り。
「おい、セイバー。」
声をかける。セイバーはゆっくりと振り向いた。召喚されたときのように、フードを目深にかぶって、そこに立っていた。
「…ランサー。」
「よぉ。」
焼き直しのように、初めてここカルデアで会ったときと同じように返事をする。お互いに声が硬い。
「もう歩いても大丈夫なのかい?」
「調子としては7割程度ってとこかね。歩く程度なら問題ねぇよ。そういうお前は?」
「僕は平気だ。あぁ、うーん、ただ帰ってきてからの尋問は応えたかな。」
君が寝ている間にね、と笑う。あー、という声しか出なかった。おそらくマスターとマシュとダヴィンチちゃんあたりからの質問やら疑問やらを受け続けたのだろう。
「お疲れさん。」
「まったくだよ。」
そういって、彼は肩をすくめた。
「でも、無事に、帰ってこれてよかったな。」
そういえば、彼はフードの奥で目を丸くした。そうして、またくしゃくしゃと表情をゆがめて
「ほんとうに、どうなることかと。」
「泣くな泣くな。」
「泣いてない。」
不器用さが愛おしくて、近づいてうつむいた彼のフードを取る。
「…先ほど、ダヴィンチ女史と、マーリンが対策を講じてくれて、しばらくはこういうことは起こらないと、思う。」
視線を下にさまよわせながら言う。嘘、だろうか。
「そう。で?」
続きを促せば、えっと、と言いよどむ。言い辛いことがあるらしい。
「マーリンにかかればこんなことにはならなかったらしいんだ。えぇっと、世界線が違うとはいえ、彼女と同じ人物だから、僕が転移し続けることへの対処が、うぅん…なんていえばいいんだ。」
腕組みをして悩み始めたから、はいはい、といって
「まぁざっくりいえば、最初からマーリンに相談していれば今回のことは起きなかった、ってこったな?」
「そうだね、端的に言えば。」
うん、とうなずいてセイバーは言う。抜けているというかなんと言うか。
「それで…君には申し訳ないことをした、と。」
「何が。」
「何がって、僕の不注意で巻き込んだことや無理させたこと、そもそももっと誰かにきちんと相談していれば防げたことに対して…」
「へぇ、それだけか?」
「それだけって…」
「キス、は、申し訳なくないんだな?」
「ぅぐっ、そ、それを言うかい?」
眉を下げ、困ったような顔をして僅かに頬を染めるのがおかしくて笑う。
「あれは緊急事態だったし、それに、僕は、悪いとは思ってない。」
「へぇ。」
「なんだいその反応。」
「いや。まぁ俺もお前も生娘でもガキでもないしな。」
お互い生前は妻やら恋人やら、ましてや自分の子供までいたのだ。いまさらキスの一つや二つで戸惑うことではない。
「…君は、嫌だったかもしれないが、でも、でも僕は。君に嫌われたとしても、君が消えてしまう事の方が怖かった。」
セイバーは、言った。消えてしまう、といった声が震えていた。
「君が、君がいなければ僕はまだ一人で世界をさまよっていただろう。孤独なまま、虚ろな気持ちで、義務を果たすために。世界の異物でありながら代替えのきく歯車の一つのように、淡々と過ごしていただろう。」
セイバーは下を向いた。そうして、はぁ、と息を吐いた。ゆっくり、顔をあげる。
「あの場でも言ったけど、君にあの森で出会えて、君が道導になると言ったことが、どれほど、どれほどのことだったか。でもカルデアに来て、君と話をきちんとする前から、君の態度からあの出来事を覚えていないのではないか、と思って。僕にとっては大切な約束だったけど、君にとっては、瑣末な事だったのでは、と思って、怖くてなにも聞けなかった。」
はは、とかわいた笑いを残す。それに、腹が立った。
「・・・瑣末なことか。」
思った以上に低い声が出る。
「え?」
セイバーが変な声を上げた。
「瑣末なことがあるか。お前が大事だと思ったように、あの言葉を、あの森で、あの場所で交わしたたった一言の誓いを、忘れるわけがない。忘れられるわけがなかった。」
「…ランサー。」
「お前が、俺が誓いを立てることの意味がわからぬほど馬鹿だとは思っていない。だが所詮俺たちは英霊だ。サーヴァントとしてある限り、記憶を保持できない可能性なんぞわかりきってたことだ。だから、だからお前が召喚された時、俺はあの誓いを果たすことが出来たかもしれぬと思うと同時に、久しぶり、と、言われて、あぁ、お前の、お前の記録にも記憶にも残らぬほどのことだったのかと落胆した。落胆したことも、お前に対して感じた怒りも、そう思ってしまった自分も、すべて、すべて、悲しかったんだ。」
「・・・悪いことをした。」
「いや、お前にとっては久しぶりだったんだ。何も悪くない。」
「でも、君はそれが受け入れられなかったから、案内してくれていた食堂から出て行ってしまったのだろう?」
「…そうだな、耐え切れなかった。」
「すまない。」
「こちらこそ悪かったな、あんな態度とっちまって。」
「それはこちらも悲しかった。嫌われたのだと思っていたから。」
「そこまでかよ。」
「そりゃあね。」
「あー、うん。悪い。」
「いいよ、もう終わったことだ。」
「そうか。」
「うん。よかった、嫌われてなかった。それだけで、いい。」
「…そうか。」
「うん。」
「…セイバー。」
「なんだい?」
「おれは、お前が覚えていてくれたことも、お前がそれを大切にしてくれたことも、それ故に俺が消えることを許さなかったことも。とても、その思いが、うれしかった。」
「っ。」
「俺だって、お前が俺を道導にする、その言葉がどれだけ…どれだけ支えになったことか。」
「…ランサー。」
「いまさら、だが、ありがとうセイバー。」
「どうやら、僕たちはずいぶんととてつもない遠回りをしてしまったみたいだね。」
「そうだな。」
「でも、でも君はきちんと導いてくれた。ようやく、僕はこのカルデアにたどり着いて召喚された心持だよ。」
「なんだそりゃ。」
その言葉を笑ってやれば、少しだけ、セイバーはむっとした表情を見せたが、すぐに苦笑する。
「なんだろうね、なんか、ようやく僕はカルデアに召喚されたような気持ちなんだ。君を導にして、ようやくたどり着いた、そんな気持ち。」
あの時と同じように、膝をついて、俺の左手の甲へキスを落とす。
「ありがとう、導いてくれて。」
すっと立ち上がって、今度はちゃんと、まっすぐコチラを見た。
「我が名クー・フーリンに掛け、役目を全うできたこと、恐悦至極に存じます。」
そういって恭しく、頭を下げる。そうして、頭を上げて、まっすぐセイバーを見る。美しい緑の目と目が合って、なんだかおかしくなって笑い出す。

あぁ、ようやく、ちゃんといえる。セイバーが召喚された時に言うべきだった、今一番、アーサーに、言いたい言葉。

「ようこそ、セイバー。俺の、俺たちのカルデアへ!」

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