次は廃墟の中、その次は海、またその次は雪山、はたまた次は何もない平野。
いろいろな世界を点々をしながら、そこで出くわす「獣」を探し、倒す。セイバーの探している「獣」には遭遇しなかった。
もしこの旅のどこかでその「獣」に出会えたら、もうセイバーが一人で戦いに出る必要もない。
だが、終わりというのは唐突に訪れる。
予兆はあった。千里眼や未来透視などなくたってわかる。
先の戦いで怪我をした、わき腹の傷が治らない。
だらり、と血がにじむ程度でたいした怪我ではなし、サーヴァントであれば多少の怪我はすぐに治す。治るのではなくて「治す」。治すためには魔力が必要だ。
そして今の自分の状況は治らないのではなくて「治せない」。
魔力が、足りない。
カルデアから離れて、体感だともう少なくとも半月ほどは離れているような気がする。これでもカルデアでは5分足らずの出来事なのだろうか。
カルデアで召喚されたサーヴァントは、カルデアから電気でまかなわれる魔力に依存しており、レイシフト先ではマスターからの魔力に依存する。単独行動ができないわけではないが、マスターからの供給もカルデアからの供給もほぼ途絶えた中戦い続けるのは容易なことではない。
幸いにも燃費はいいほうだが、5つ目の世界に転移した時点で「魔力が枯渇する可能性」を考え、余裕のあるうちにと魔力を貯めたルーンストーンの生成に着手しておいたのが功を奏した。
まだなんとか持ちこたえられる、が、そこまで余裕はない。
ポケットの中のストーンを数える。持って、あと3回。
残り3回の転移でカルデアに転移できる確率は限りなく低い。賭け、だ。自分の幸運値は見てみぬふり。
そんなセイバーはどうやら転移においては何者かの加護が付いているように見受けられる。魔術の類、おそらくセイバーをこの無謀な旅に送り出した誰かのものだろう。詳しくはわからないが、彼は魔力切れの心配がないようだ。
そしてやっぱり俺は幸運が低いらしい。
この世界の獣はやっかいだった。図体はそこまででかくはない、サルのような形をしたものだったが、胸に抱いた子供はもうどろりと腐って腕がぼとりと落ちた。その獣を囲い込むように、ゴーストがふわふわぐらぐらとぐろを巻いている。ゴーストはこちらを見るなり、獣を守るのとやめて襲い掛かってきた。攻撃は当たらない、が、頭から飲み込むような動きを見せ、容赦なく、生気を魔力を奪っていく。長期戦になれば、命の保障はない。
「…私がまとめて片付けよう。」
「そうしたほうがよさそうだ。」
ゴーストたちを避けながら、獣の咆哮を聞く。びりびりと鼓膜を焼く叫びに頭の中がぐわりと揺らいだ。
「すまないが、ランサー。」
「わかってる、まかせなぁ!」
「っ、十三拘束解放、円卓会議開始!」
セイバーの詠唱の為の時間稼ぎ。何度も何度も行った手だが、いささか分が悪いことは重々。空中にルーン文字を書き、四方へ炎と飛ばす。槍が効かないなら、魔術で対抗するしかない。キャスターの俺の真似事だが、同じ「俺」なのだ、できないはずがない。
ただ、だらりとにじむわき腹の傷が「使いすぎるな」と警告してくる。わかっている、おそらく次の世界では自分は役に立たないだろう、それでも。
「――これは、世界を救う戦いである!」
お前の、世界を救えるのなら。
星が瞬く、光り輝く、その美しく暖かい光を認め、そのまま目を閉じた。
きらきら、きらきら光り輝く
星々の輝きの中にいた
まばゆく光り輝く星にまぎれて
その隙間の闇に溶けるような心持。
それでも、だれかが
まっすぐこちらに歩いてくる
道導でもあるかのように
まっすぐ、迷うことなく、こちらへ。
体中が痛い。
魔力がからっけつで、どうやら座に還らなくてもすんだらしいことがわかる。
ゆっくりと目を開けると、静かな森だった。
「気がついたかい?」
木の温もりが暖かい、とまどろむような心地でいると、隣から声がかかった。
「…セイバー。」
ゆっくりそちらに顔を向けると、セイバーは困ったような顔をしていた。
「先ほどの獣は倒したよ。君が倒れた直後、転移が始まって、この世界にきた。…大丈夫かい?」
ぐ、と体を起こす。座ることも億劫だったが、とりあえず状況を把握したかった。
「すまねぇな、迷惑かけた。」
そういえば、彼はむっ、と唇を尖らせた。
「そんなことは思ってない、迷惑だなんて一度も。ただ、君の魔力不足には気がついていたが、その、どうしたものかと思って…」
ぎゅう、と手を握られて、ずっとそうしてくれていたことにそこでようやく気がついた。握られた左手はじんわりと暖かかったが、触れられているのかどうかもわからぬほどになじんでいた。
「あぁ、助かる。ありがとう。」
ゆっくり瞬きをして、セイバーの魔力を感じる。暖かく流れ込んでくる澄んだものがじわりじわりと体の輪郭をなぞるようにしみこんでくる。
「悠長に構えていた、私のミスだ。君をここまで疲弊させてしまって。一刻も早くカルデアに帰らなければ、君は。」
セイバーが泣きそうな顔をした。初めて見た。握られていない方の手も、握ってくれている彼の手に乗せる。
「お前のせいじゃ、ない。」
なんて声をかければいいのか。セイバーは悪くない、セイバーは悪くないんだ。
「あぁ、でも次の一回でカルデアに帰れなきゃ、まずいかもなぁ。」
茶化すようにそういえば、ぐしゃり、とセイバーは顔をますますゆがませた。
「帰れたんだろ、セイバー。お前は、帰れるさ。」
乗せた手を、そっと伸ばして顔に触れる。
「…君が、いないと。きっと、君がいないと帰れないんだ、僕は。」
ぎゅうぎゅう、とセイバーはこちらの手を握る。彼はうろうろと視線を下に泳がせた。
「…アーチャーが。」
話始めない彼に、そう切り出すと、彼は顔を上げた。まだ泣きそうな顔をしてはいたが、それでも幾分かマシな顔だった。
「アーチャーが、アーラシュの旦那が言ったんだろ。言葉が足りない、伝えたければ言わねばわからん、つたなくてもいいから、声に出せ。」
彼は目を見開いた。緑色の美しい瞳がこぼれんばかりに、大きく開かれた。
「…アーサー。」
この不器用な、ただこちらに触れるだけで震えるほどに、臆病な王よ。
彼は、大きく、息を吸って、吐いた。
「ねぇ、クー・フーリン。君は、君は僕の、道導、かい?」
息が止まる、目を開ける。震える手をぎゅうと握り返す。
「あぁ、やっぱり、やっぱりそうだ。そう、あの日、あの森で、君に、会っていた。」
「ど、して…」
忘れているとおもった。記録にも残らぬほど些細な時間だったのだと、時間をかけて納得した。夢だったのだと、意味消失しかけた自分が見た妄想なのだと、そう、思っていたのに。
「気がついた、ことがあるんだ。君、あの森から帰って僕に再会するまで、どれぐらい時間が空いていた?一日?二日?」
セイバーは、そう聞いてきた。
「半日。」
そう、半日だ。でもとてつもなく長い時間、会っていないような心持だった。
「そうか…僕は君と別れた後、同じように転移を繰り返した。何度も何度も。数え切れないくらい。次の世界こそは君のいるところに、次こそはって。どれくらい、どれくらいの時間が流れたかわからない。体感だと、一ヶ月、ぐらいかな。でも、もう二度と君に会えないかもしれないと思ったときに、転移している途中、あの光の中、星を見つけたんだ。美しく輝く、青色の星。他の星々とは比べようもなく、あの星に向かって歩かなければ、と思った。あれこそが僕の道導だと。」
そこまで言って、セイバーは一度言葉を切った。
「その星に手を伸ばしたらそこはカルデアだった。君にも久しぶりに再会できた。君は本当に、道導だったんだ。」
「久しぶり、なんて、いうから。」
言葉がつっかえて出ない。うまく息がすえなくて、胸が痛くて、熱い。
「だから君は勘違いした、僕が忘れていると思った。僕も、君の態度を見て、君は忘れてしまってるんだろうなって、思ってた。」
アーサーは苦笑した。笑いたいけど、笑えなかった。アーサーはそんな俺の顔を見て、ずず、と近寄ってくる。
「片時も忘れることなどなかった。目的はあれどもアテのない旅の中で、どれほど、どれほど君の言葉が、君の存在が、僕のささえになったことか。」
目の前に、あの美しい緑の目があった。ささやくように言われた言葉も、余すことなく聞き取れた。胸を満たすのは歓喜、はたまた。
「だから、だから君をここで失うわけには、いや、失いたくないんだ。」
そういって、アーサーはつないでいた手を離して、両手で頬を触ってきた。ぼんやりとその手の感触に感じいってゆっくりと瞬きをした。
やわらかい感触。唇、が、重なる。
一瞬面食らったが、ぺろり、と下唇をなめられて、びりびりとした感覚を覚える。喰らい返すつもりでがぶ、と口を開いてアーサーの唇を食む。アーサーは食まれた唇から、するりと舌を伸ばしてこちらの口内に入り込む。受身になるキスは初めてだ。好きにさせてやろうとうすく口を開けば、念入りにというように、口内の隅々まで舌でなぞられ、検分するかのように舌を這わせてきた。どろりと流れ込んでくるアーサーの体液が、のどを通って体の中を焼いていく。体の輪郭を取り戻すように魔力が体にいきわたる。食事を取り始めて、あぁ腹が減っていたのかと認識するような、そんな感覚。ほしい、ほしい、もっとほしい。
手を伸ばしてアーサーの頭を掻き抱いた。じゅるじゅると下品な音をならしている自覚はある。でも、もっと、ほしい。
『――はーい、お取り込み中のところ失礼するよ♪みんな大好きダ・ヴィンチちゃんの登場さ!』
ざざ、という若干のノイズ音の後に、凛とした可愛い声に呼びかけられる。はっとわれに返ったのはお互い同時だったようで、ばっとお互いに離れる。お互いの口から銀色に糸が引いていて、そんなときにばちっと目が合ってしまったのだから気まずいことこの上ない。すっと視線をそらして顔に集まる熱に気づかないふりをして、声の主を探った。
『すみませんお二方……邪魔をするつもりではなかったのですがその…』
と声が続けて聞こえてくる。
「マシュか?どこに…」
そう呼びかければ、上のほうから声だけがする。
『あまり時間がないんだ二人とも。』
久方ぶりに聞くこの声は、マスターだ。
『こちらからの通信もあまり安定しない。事情や状況は後で確認するとして一度カルデアに帰還して。今は何とか手配が出来そう、なんだけど、プロト、今、近くに間違いなくアーサーはいるね?』
「もちろん。」
テキパキと指示を出すマスターの声はわずかにこわばっていた。
『あぁよかった。絶対に手を離さないで。コチラからだとアーサーの霊基がうまく捕らえられないんだ。レイシフト準備はどう?ダヴィンチちゃん。』
ざぁざぁというノイズがうるさくなってきた。通信が安定していないのは確からしい。
『オールクリア、大丈夫さ。キスでもセックスでもなんでもしてていいから絶対にはぐれないでね!』
うぐ、とセイバーがうめいた。顔を赤くして、恥ずかしそうにうつむいていた。あぁ、なんて愛おしい。手を伸ばして、ぎゅう、とセイバーの手を握る。セイバーはコチラを見た。あの美しい緑色がこちらを見る。帰れる、カルデアに。セイバーと共に。
『では、3、2、1。』
マスターのカウントダウンを聞いて、0、と同時に意識が溶ける。つないだ手がひどく暖かかった。