交代で休みつつ、夜明けとと共に出発する。
転移の為にはこの世界での「獣」を見つけ、倒すこと。
この近辺にはそれらしき気配がない、ということで移動したほうがいいだろうという結論に至ったのだ。
手分けして探したほうがいいかもしれない、と提案したが、もし転移が始まった際、一緒にいなければもしかしたら取り残されてしまう、もしくは別の世界に飛ばされてしまう可能性が0とはいえないので近くにいたほうがいいだろう。
カルデアに通信を試みようにも、そういった魔術の類や機器類は互いに持っておらず、またセイバーの話からすれば、「俺とセイバーがカルデアから消えた」としてもたった5分程度のことだから探してもらえる可能性は低い。
ならば、カルデアへ転移できるまで、セイバーが繰り返した旅を続ける以外に方法はなかった。
セイバーはカルデアへと帰ることができていたので、帰れないわけがないだろう。
「セイバーどうだぁ?」
熱帯のような、そういった木々が生い茂る森の中を槍で道を開きながら進む。ゲイ・ボルグをこんな使い方をしていると知れたら師匠に怒られそうだ。だがこれしかないので許していただきたい。
「気配はないなぁ、そっちはどうだいランサー。」
「見る限り森だなぁ。」
「それはこっちも同じだよ。」
後ろを歩くセイバーも、同じように聖剣でざしゅざしゅとあたりの草を掻き分けている。
「聖剣をそんな風に扱っていいのかぁ?」
「ランサー、知ってるかい?そういうのってブーメランっていうんだってさ。」
「ブーメラン。」
「人のことは言えないって意味だよ。」
「はは、確かにそうだ。そういや、ジェロニモの旦那がうまいんだぜブーメラン。ほんとに投げるほうな。」
「へぇ、見たことあるのかい?」
「一緒にレイシフトしたときに見せてもらった。で、高いところになってる木の実を落としてくれたんだが、あれはうまかったぞ。そのまま食べても美味しかったが、エミヤがデザート作ってくれて。バニヤンがもう一回食べたい、もう一回、って何度もいうから同じところにレイシフトして木の実を山ほど持って帰ったら、さすがにやりすぎだってサンソン先生には怒られた。あぁまた食べてぇな。」
「…それは楽しそうだ。」
セイバーははは、と笑う。こちらもつられて口角が上がるのを感じる。ざしゅざしゅと聖剣が刻む音が大きくなった。セイバーが近づいているというよりも単に力が入っているようだ。
「お前あんまり気合いれすぎると疲れんぞ。」
「うん、大丈夫、大丈夫。」
先ほどよりも幾分早足で歩くセイバーに首をかしげる。どうしたのだろうか。
「何か気配でもあったか?」
面倒になってきたから大きく槍を振り、一歩で歩ける範囲を広げる。早足になったセイバーに追いつくためにこちらも早足になる。
「いや、ないよ。」
「おいおいおい、ちょっと、早いって。」
駆け出さんばかりの早足で進み始めたセイバーにおいていかれそうだ。離れるなと言ったのはそっちだろ。
「セイバー、ま」
静止の言葉をかけようとした瞬間、セイバーが消えた。とたんに立ち込める魔力の気配。気配をたどれば、セイバーは消えたのではなくて、空中に放り出された、というのが正しいらしい。上を見上げると蔓のようなものに左足を絡めとられ、ぶらりぶらりとぬいぐるみのように弄ばれているセイバーの姿が見えた。
「ランサー!」
「わかってらぁ!」
セイバーが呼ぶ声に応えて、走る。なんだかんだいって、森の中を走ることなど他愛もない。
セイバーを捕らえた蔓が延びてきた根源を探す。森のどこからからびぃ、と伸びているようだということはわかった。セイバーを見やれば、じたじたと抵抗はしているが存外蔓が固いようで、ぶら下がった状態でろくに動けないようだ。そうしている間にもじわりじわりとセイバー自身の動きを封じようと蔓は足に、腰に、腕に、巻きついていく。
「く、こんの!」
抵抗する声が聞こえる。蒼い外套がひらひらと空で揺れるのを視界の端にいれながら、ようやく、その本体がいるところにたどり着く。
ひどい悪臭を放っている、緑色の気味の悪い大きな塊が、あたりの木々を腐らせながらどぉ、と鎮座していた。うごうごと触手のように蔓が無数に伸びており、そのうちのひとつがセイバーを捕らえているようだ。
「セイバー!受身は自分で取れよ!」
と無茶なことを言ってみたが返答がない。ぎりぎりと締め上げる蔓はもうのどの辺りまで伸びているようだ。猶予はない。
「…穿て、抉れ、ぶち抜け。」
姿勢は低く、穂は前へ、ぎちぎちと飛び出さんとする槍を押さえつけ、ぎゅうと握り締める。肉が焼けるかと思うほど熱い呪いをまとった愛槍の名前を、叫ぶ。
「ゲイ・ボルク!」
閃光のように、槍が走る。緑色の得体の知れない物体に、その核に、深々とその身を沈める。焼けるニオイ、溶ける音、つぶれてひしゃげる感触。確かにその、「心臓」を穿つ。
ばらばらと崩れ落ちる緑色の塊は、枯葉が風に吹かれるようになくなっていく。みしみしみし、と蔓も枯れ枝と化し、ばらばらぼろぼろとその形をなくしていく。
「ぅわっ!」
ばきょん、とひときわ大きな音と悲鳴が背後であがる。振り向けば日の光を受けて銀色に輝く、セイバーが落下しているのが見えた。
ポケットからルーンストーンをひとつ取り出して落下していくセイバーの下へと投げる。術式が展開して盾が広がる。あいにくクッション機能などはないが、多少衝撃緩和にはなるだろう。
「おーい、セイバー大丈夫かぁ?」
バケモノの後に残った、半分ほど腐った小さな子鹿の躯を認めてから、どざがざと盛大な音を立てて地面に戻ってきたであろうセイバーに大声で呼びかけた。
「なん、とか。」
げほげほと咳き込みながらがさがさと草木を掻き分け、セイバーはこちらに向かって歩いてきた。
「ひっでぇな!」
木の葉まみれで頬に擦り傷、つややかな金糸の髪もぼっさぼさ、銀色の鎧のいたる隙間には小さな枝が刺さっている。オマケに青い外套も盛大に破れているのだから傑作だ。大声で笑ってやれば子供よろしく顔を真っ赤にして、唇を真一文字に結んでこちらをにらんできた。頬を膨らませないだけ大人か?と思ったが、なんにしろ面白すぎて笑いが止まらない。
「助けてくれたことに礼は言う。でも、でもいくらなんでも失礼だぞランサー!」
笑いすぎて腹を抱えてしゃがみこんだ背中を、セイバーはどすどすと遠慮なく叩いてくる。いたいいたい、といいながら立ち上がって無理やりやめさせる。
「悪い悪い、なんか、突然走り出したかと思えば敵に捕まるわ、受身も取れず空から落ちるわ、いっつも身奇麗にしてるお前がボロボロになってるの、新鮮、だわ。」
むす、とした表情も新鮮、だ。騎士たるもの、己を律し、慈愛に満ち、騎士道を全うせんとする志もその姿勢もとても美しいとは思う。だが、それではその人間の本質は見えない。画一化された「プロトタイプ」が量産されるだけ。
「お前、案外抜けてんだな。」
「っ、だから、失礼だな君は!」
顔を赤くしてこぶしを振り上げて胸やら肩やらを叩かれる。いたいいたいと笑えば「笑うな!」ともうやりたい放題で殴る力を強めてくる。
「悪かった、悪かったって!」
セイバーの手首をつかんで叩くのをやめさせる。泣き出さんばかりに真っ赤にした顔がなんだか、愛おしい。
「いやな、安心したわ。」
そういえば、セイバーはきょとん、という顔をした。あぁ、もう。
「お前も、人間らしくて、安心した。」
いつも、いつでも騎士たらんとする姿勢に隠れた『彼』自身を垣間見た気がする。一人で抱え込んで、一人でなんとかしようとして、独りぼっちでいようとする彼も、元はただの「人間」だった。英霊になろうとその「人間」としての性格や本質は変わらない。
怒ることも泣きそうになることも、ある。とてつもなく簡単に失敗だってするし、恥ずかしいのをごまかそうと躍起になることだって、あるのだ。
再会を果たしてから、どことなく感じていたよそよそしさも許してやれるような気がする。そうだ、この男はきっとへたくそなのだ。愉悦も知らずただ誰かの為に尽くさなければならない、「王」だったのだから。
「…君は、ずるいな。」
セイバーはポツリとつぶやいた。顔は依然として真っ赤なままで、でも表情は先ほどと違って穏やかで、うっすらと笑みが浮かんでいた。あの、森で名前を呼ばれたときのような、あの神々しさをまとって。
なにが、と聞きたかったのに、転移が始まって続きを聞くことはできなかった。