それからしばらく、奴を避けた。クラスの相性もあり、周回では一緒になることも少ない。シュミレーションにしてもレベル差があるため、一緒になるのはもう少し先だろう。
同じセイバーということと、血縁関係があったという理由からか、モードレッドと一緒にいる姿を時々見かけた。あとは、アーラシュの旦那が絡みにいっているを何度か見かけた。
そうやって、しばらくはやり過ごせるだろうと高をくくっていて、その間にいろいろ言い訳を考えていた。初日のアレはさすがにまずいとは思ったのだが、あの時はアレ以上の対応などできなかった。過去を悔やむより明日をどう生きるかだ。まぁ素直に謝って、共に闘えるようになればいい。
そんな折に、マスターから相談を受けた。
「部屋に篭ってる?」
「そう、シュミレーションとかレイシフトに行くとき以外は。」
うーん、とマスターがうなる。別に奴がそうしたいならそうさせてやるので良いのでは、とおもうのだが、マスターは真剣に悩んでいるらしい。
「ほら、なんやかんや他の英霊たちってフリーダムに過ごしてたりするし、もっと楽しんでもいいと思うんだけど。友達作ったりしてるじゃん。」
友達、といわれて一番に思い浮かんだのはサンソン先生だ。このカルデアで闘い始めたころにやってきた戦友だ。最近はバニヤンとアビゲイルの面倒係みたいなポジションに納まって3人仲良くやっている姿をよく見かける。たしかに、なぁ、と思う。
「アーサーは、意図的に避けてるっぽいんだよ。」
ご飯に誘っても、聞き上手でいろいろ聞いてくれるんだけど、他の人を巻き込んで騒いでいる間にいつのまにかいなくなってたり、ゲームに誘ってもやんわり断られたり。誘っても乗らないのであれば、と他の英霊たちも誘わなくなり、ついには部屋からあまり出なくなってしまった、というのだ。
「マスタールームにも呼んだんだけど、あんまり話をしてくれないし、どうしたものかなぁ。」
うんうんうなるマスター。最初の召喚に応じた俺のことを信頼してくれていて、こういったサーヴァントについて困ったことはマシュや俺に相談してくれるようになった。
それは嬉しいことなのだが。
「と、いうわけで話をしてきてよ。」
「なんでおれが。アーラシュの旦那のほうが適任じゃねぇのか?」
アーラシュは千里眼を持っているし、セイバーも気を許しているような節が見て取れる。
「アーサーから聞いた貴重な情報を教えてあげようじゃないか、プロト。」
マスターは少しばかり声を落としてそういう。
「『ランサー…クーフーリンと話がしたいんだけど、どうも、僕はここに来た初日に彼を怒らせてしまったようなんだ…アーチャーに聞いても何も教えてくれないし…何か原因を知らないかいマスター。』」
しゃべり方があまりに似すぎてびくりとなった。
「心当たり、あるよね?」
にっこり笑うマスターに、こちらも笑って返すがほほが引きつった。
「ご本人からの指名なんだ、もちろん、返事は?」
あぁ、これぐらい強引なほうがマスターらしくていいや、と今度は素直に笑って
「Yes,my lord.」
とおどけた返事を返した。
さて。
そんなわけで奴の部屋の前に来た。はぁ、と大きく息を吐いてから、コンコン、とノックをする。
「はい、どなた?」
しゅー、と音を鳴らして何の警戒もなくドアを開けた奴は、こちらを見るなり目を丸くした。
「よぉ、セイバー。」
「なんの用だい、ランサー。」
きっと目つきを鋭くして剣を構えんばかりのいい様が、まるで威嚇するネコのような反応に思えて思わずにやりとしてしまった。
「いや、話がしたいと思ってな。部屋、入ってもいいか?別の場所に移動してもいいが。」
そう続けると、また目を丸くする。やっぱりネコか、と思っていると。
「どうぞ。」
とあっさり部屋の中へ通してくれた。
「ありがとよ。」
といって中に入る。中にはほとんど何もなかった。簡素な作りの部屋はそのままで、装飾もなにもない。たった一つ目に留まったのは淹れかけの紅茶があったぐらいだ。
「ちょうどお茶を入れてたんだが、君紅茶は好きかい?」
部屋に備え付けられている机と椅子を差してあそこにどうぞ、といってくれる。ご好意に甘えながら
「嫌いじゃねぇな。」
と応えた。ならどうぞ、と出してくれる。誰にもらったかは知らないが、高級なティーセットだ。
「で、話ってなんだい。」
向かいの席に座りながらセイバーはそういう。お茶を出しておきながらせっかちなやつだ。
「あー、まずは、すまんかった。」
紅茶に手をつける前に、謝った。セイバーは口元に運んでいたティーカップをぴたりととめ、こちらを見た。
「お前がこのカルデアに来た日、冷たく当たってしまったろ。」
悪かった、といえば、セイバーは紅茶に口をつけることなく、そっとソーサに戻して、視線を泳がせた。
「謝られるとは思ってなかったから、参ったな。」
困ったように眉間にしわを寄せてそういう。
「僕が、何か君の気に障るようなことをしたのかと思ってた」
そういってから、ようやくセイバーは紅茶を口に運んだ。それにならってこちらも口をつける。飲みやすい、あっさりとした味だ。
「まぁ気に障ることをしてないといえば嘘になるがな、これは俺の受け取り方の問題だ。お前は悪くねぇよ。」
そういえば、セイバーはむむ、とさらに眉間にシワをよせた。
「君の問題だったとしても、僕が君を不快にさせたのだろう?理由を知る権利はあるんじゃないのかい?」
かしゃん、と音を立てて彼はカップをソーサに戻す。怒っているような口ぶりだった。
「知る権利はあるが、知ったところでどうなる。」
懐かしい味がする。彼の入れた紅茶を飲んだことがあっただろうか。あいまいな記憶をたどるが思い出せない。
そう、英霊という身、サーヴァントとして召喚された時に「記憶」が残っているかどうかはわからない。英霊なら誰もが理解している。誰もが知っている。以前どこかで同じ時代に同じ場所で同じ戦争で出会っていたとして、そのときの「記録」はあれども「記憶」として仔細に覚えているほうが珍しいのだ。だから奇跡的に再会できたとしても、その「記録」が残っていようと、「記憶」が残っていないことを詰るのも責めるのもお門違いなのだ。
「…覚えていないことを責めるつもりはない。だが、少し。」
静かにカップを置く。彼は呆然とこちらを見ていた。その緑の目がゆらりと揺れるのを見る。彼は、何度か口をひらいて、閉じてを繰り返して、結局なにも言わず長く細く、息をはいた。
「アーチャーに。」
吐いた後、ようやく声を出してセイバーは言う。
「アーチャーに言われたんだ、言葉が足りない、伝えたければ言わねばわからん、と。つたなくてもいいから、声に出せと。」
セイバーはぱちぱちと瞬きをする。そうしてうろうろと視線を下に泳がせた。
「ランサー、僕は。」
言葉を待った。何を、伝えたいと思っているのか。が、その続きはつむがれることなく、セイバーの目が丸く開かれ、そして苦々しげに顔がゆがめられた。
「…ごめん、ランサー。今日は帰ってくれないか。」
「は?」
がたり、と彼は突然立ち上がった。そうして俺の腕をつかんで無理やり席から立たせる。
「どういうことだ。」
「いいから、ごめん、埋め合わせはする。言いたいこともちゃんと、いうから。今日は、今は出でいってくれ。」
訳もわからず引っ張られてもつれそうになる足を引き摺られ、部屋の入り口へと連れて行かれる。しゅ、と音を立ててドアが開いたと同時に、コチラの堪忍袋の緒をぷつん、と切れた。
「…けんな。」
はらわたが煮えくり返りそう、とは言いえて妙だと思う。体中がぼわりと熱を発し、腹の中がうごり、と下から押し上げられるように動く感覚を覚える。
「っざけんな!」
引っ張られた腕に力をこめてひっぱりかえす。簡単にセイバーはよろめいた。扉がしまる、セイバーはこちらを見る。胸倉につかみかかった。
「訳がわからねぇよお前!なんだよ!なんで!!」
ぐっと、顔を近づける。叫ぶ、吼える。何がいいたいかわからない。
「いっつもそうだ!肝心なことは言わない!簡単に嘘をつく!誰かを守るために剣を振るうなんぞのたまうが結局お前の独りよがりだ!!」
緑の瞳がゆがむ。ぎり、と唇を噛み締めているのが見える。
「いつもいつもいつも!いつもお前はみんな知ってる顔をしてそうやって他人を引き離す!」
力に任せて彼を揺さぶる。彼は逃れようともがく。
「あぁそうさ!これは、僕の!僕の戦いだから!君を、巻き込みたくは、ないんだ!」
彼も叫んだ。こんなにも大声で叫んでいるのをはじめてみた。
「貴様の戦いがなんだというんだ!一体何と」
セイバーは思いっきりみぞおちにあたりにこぶしを打ち込んできた。容赦ない一撃に、一瞬意識が沈みかける。
離すものか、離すものか!
今この手を離してしまえば大事なものがすべてなくなってしまう気がする。
「離せ、離してくれランサー!このままでは、君も、巻き込んで!!」
何の話かわからない、だが、また、お前は一人になろうというのか。
絶対に、離してやるものか!!
「あぁ、ランサー、ごめん。」
まにあわなかった、という声を聞いたあと、視界が真っ白に塗りつぶされてぶっつりと意識が落ちた。